●ギザギザハートの子守唄
2年程前に家を買った。
こういう場合、「家を建てた」という言い方をする人もいるが、そういうのを聞くと、「じゃあんたは大工か」と突っ込みたくなるのが人情だ。いや、それは私だけか。いずれにしろ、私は大工ではないし、何はともあれ家を買ったのである。
人生でおそらく最大の買い物であろうから、そしてサラリーマンにとっては人生最大の事業であろうから、これを成し遂げたときは正直うれしかった。急な階段も、ちゃっちい和室も、狭い庭も、隣に住むハゲおやじすらも、何もかもがいとおしかった。
しかし、何がうれしかったといっても、私が最も満足したのは、トイレがウォシュレットであることだった。
ウォシュレットは素晴らしい。私などは人類の3大発明の1つに加えるべきではないかと思っている。
便秘であろうが、下痢であろうが、もっとも厄介な、酒を飲んだ翌日の微妙な軟便ですら、ジェットの水流で見事に洗い飛ばしてくれる。あとはスッキリ爽快である。なんせ、ジェット水流なのである。最先端科学の粋を極めた洗浄方式なのである。
何より、おケツを拭くときの、あの情けない無力感が無い。トイレットペーパーにこびりついた茶色の粘土を見なくて済む。臭いを嗅がなくて済む。
人生、歩くなら陽の当たる道を歩きたいものである。
もし、これを読んでいる人の中で、未だに紙でウンコを拭いている方がいたら、速攻でウォシュレットに買い換えることをオススメする。
考えても見て欲しい。
紙で拭く、ということは、まだウンコが肛門の周りにこびりついている、ということである。
ご存知であろうが、肛門というのは、昔から菊座と呼ばれるように、周囲がギザギザハートの子守唄なのである。
これを紙で拭こうものなら、ギザギザハートの部分に茶色の固形物がそのままこびりつき、
本人はきれいきれいにしたつもりでも、実はそのまま、茶色を肛門の周りにつけながら生活していることになるのである。
バッチイっすよ、あなた。
そんな訳で、私は自宅のTOTOのウォシュレットに心底、惚れていたのである。
しかし、そんな私にも、最近、ちょっとした事件が起きた。
出張で、とあるビジネスホテルに泊まったのである。
私があまり出張が好きでない理由の1つに、ビジネスホテルの安いところというと、いまだにウォシュレットではないところが圧倒的に多いことにある。
ところが、そこは例によって、安いチンケなビジネスホテルであったにもかかわらず、なんと、トイレがウォシュレットだったのである。そのことに気付いたときには、思わずガッツポーズが出た。
もっとも、とはいっても、やはり安ホテルなわけで、見るからに古そうで、しかも機能性に劣っていた。ワイドボタンもなければ、ターゲットの位置決めをするスイッチもない。水流の強さを変えることもできない。
まぁ、こんなもんだろうと、そこはあきらめた。
しかし、である。翌日、ウンコをするために、そこに座り、いざ、ギザギザハートの子守唄を洗い流そうと思ってスイッチを入れたところ、思わず体がシビレた。
いきなり冷たい水が攻撃してきたのである。と思っていたら、今度は熱湯のようなお湯に変化して攻撃してきたのである。
何より、水流が爆裂的にすさまじい。直腸の中身まで全部洗い流そうとしているかのようである。思わず、のけぞってしまった。あの分だと、ヘタしたら、S字結腸まで届いていると思う。
私は意識が朦朧とし、必死の思いでSTOPボタンを押し、何が何だかわからないうちに、大便の儀は終わった。
私は打ちひしがれていた。
やがて意識がはっきりした私は、世の中には、こういうタイプの新兵器があるのだな、としみじみ感動した。
ある種の快感のようなものもあった。(恥)
そこには、敗れ去っても、すがすがしい笑顔で甲子園を後にする、高校球児のような爽快感が残っていた。
(平成16年8月7日記)
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